12 11月 2017

アンナ・アリチュークの詩

十二のリズミカルな休止

1984-85

一、(G.Ts.に)

雨、彷徨い
ぽつねんと、鏡の岸辺佇み
海の羽毛をもつ鴎たちの歔欷のなか
動きを止める
  砂のうえに浪はなだれ落ちない
そして赤い筆のなか太陽が砕け散る

百回ほども筆跡の波が打ち寄せ
遠くへ 悲しみになってこぼれ散った
          黙りこんで散歩する悲しみに

二、

時間の蜘蛛の巣に捕えられた焔の野つつじ
びっしり走ったこの葉脈の虜
大気の刺すような眩いばかりの戦慄のなか
花輪の衣服の、風との戯れ

このように手をかたどった陶器は消える
掌のなか遠方の貝殻となって……

三、

スカラベたち
  それぞれの体中に渓流ながれ
彼らだったろうか 身体のまわりで
腕を流れていったのは
砂のうえに立ちながら 目にしなかったわけはあるまい
波なす髪の房が顔に打ち寄せるのを

風がつくりあげた紋理をもつ
砂丘のような花弁を

四、

エルフの身体 そしてことば
砂のうえに 蝶の耳殻

大気のなかに 泉あり
青のうえ 枝の起源に脈うつ
(根のほうに向かわぬ川)

木々が飛んでゆく……

五、ミニュアースの娘たち

こだまによって嚇しつける蒼穹
          すっと貫く葦笛
草叢=広間で
眼のなかの琥珀の豹の
           そして
壁がこんなにも薄くなってゆく
          鳥たちが飛びくる
葡萄の蔓を振りはらい
夜明けにディオニュソスを根づかせ

諸空間の大気を熨しつつ……

六、

橡色のひと群の葉のところ
硝子の後宮で
月の梯子を長く わたしは伸びる
息づまりの水晶
空たかく砕け散り

《落陽の瓦のあいだにあって
エルフは笑いながら溶け消えさることができた》
だが月の蜂巣のなかへと陥りながら……
青みの上の天使的な? 友情、それは――
(神話にいう
  すもものような
   天国の樹の溶岩)

目を釘付けにする物ものの発光へと連れ去ってゆくこと

七、雨

石のうす煙り…
葡萄のなす穹窿が照らしだされる
アーチの切り立った調べに

八、

燈明の大伽藍
昏い枝を鴨が揺らした
湖水上の空で

九、

幼時の紙片の
    翼をひろげた
船はしおれた蝶のほうへ

ただ今より

熱心さ と 雨
野ばらの大好きなひと滴

空から落ち……

十、

誘われるような草の海
生命樹Thujaの孤独

陶器のカタツムリは灰まみれだ
部屋の植物を這いのぼる
伸びゆくバイオリンのような
フルートの

澄みわたる空

十一、

硝子で触れつ
何十億もの月の飛沫
腐敗の
   その瞬間
去った人の頬よりも 口唇よりも 明瞭に



十二、

          死出の山にては必ず待ち給へ――『義経記』
片翼の蝶、「Ю(ゆう)」
オーボエの長く伸びる草が
散ってゆく 散ってゆく――
花弁がみせるЛЮ(りゅう)の舞い
影に暗む幹が
雪のみどりのうえで藤色を帯び
わたしは天辺に留まるまい

雲=芍薬のあいだに

03 9月 2017

ルィ・ニーコノヴァ(アンナ・タルシス)の詩

あまりにも
空に
たくさんの雲 ―― 堪えがたい

1962

◆静物画

ライオン ライオン と ライオン

1964

ネズ ミが
ひと くみ

1965


 ら
  さ
   き
    い
     ろ
      の
む ら さ き

1965

白痴だらけのこの世界ではみな白痴だ
白痴は一人ひとりそれぞれに歩いてゆく

白痴だらけのこの世界ではみな愛国者だ
愛国者は一人ひとりそれぞれに歩いてゆく

白痴はそれぞれ各様に暮らしている

この世界で
この世界では
みな――白痴だ

1965

そこに縄が巻きついているとき
 そこからは引っ張ってくるようなものは何もない

1966

蠅 は い な い

1966

◆“ドキュメンタリー”詩シリーズ『アミン』(1969)より

公園で座っている
足をぶらぶらさせている



背中が凍えそう



テーブルが
覆われた
白いテーブルクロスで

◆シリーズ『トートロギヤ』(1969)より「1917年十月」

十月
十月 と
十月

リズム と鶴の感覚
水牛  と垣根の感覚
感覚  と二月の
感覚
頭飾りがもたらす感覚

1969

◆1970年


いち に
いち に
いち に
いち に

1970

ぐんたい くんくん

1970

静まり まり まり まり
だまり まり じめじめ=しめしめ
そして落ちる 落ちる
そ、それからどっかに どっかにいく

1970


はなして
はなして
   軽やかにはなす

1970

コ ン
バ イ ン

1971

バ ケ
 ツ

1971

◆風景

ストッキング
ストッキング
ストッキング
毛糸玉
毛糸玉
穴あきボートのある川岸
      ボート

1972

おまとりょーな
ちもふぇーゆゔな
あまとりょーしゃ
ちぇみゃふぇーゆちか
うむとりゅーんな
ちみふぃーいちこ
きんぴかーちゃん
こぺーいか銭のように

わたしに尋ねて
ぺーちかから降りるわ
ぺーちかを追って出ていくわ
がちょうを捕るわ

そのがちょうは飛びたたない
開かれないし
ばらばらにはならない、ぺーちかは
ただわたしは出ていくだけ

お、まとりょーにゅしか
ちもふぇーゆしか
あまとりょーなちか
ちゃまふゃーしゅにか

1973

暗やみの中でランプの輪郭が暖まって
重苦しい時の梟が手のひらに降りてくる
手がそっと揺れ 嵌めた腕輪に呼吸が重くなる
心配しないで――穏やかに息をして
呼吸を鍛えて
呼吸は
まだこんなに役だつのだから

1975

◆パリのロシア公爵たちへ

あなたたち
  穢された嘘へ…
苛立ったパリを
包みこむような
織物に捧ぐように
わたしは余暇を捧げよう
至るところ駆けまわる《祖国》の
手のひらで握りしめられた余暇を…

1979


*ルィ・ニーコノヴァ(Ры Никонова)=アンナ・タルシス(Таршис, Анна Александровна. 1942-2014)。

16 8月 2017

セルゲイ・ザヴィヤーロフの詩

破壊の書(1985-86)


秋に
雨を待つ  乾いた落葉
堅いアスファルト  夜の運河の波音
世界の崩壊は  おまえだけに聞こえる  捕えるな
  その退屈させるようなリズムを
  微笑み
と眉墨が腫れ上がった幾世紀のうえに浮かぶ
汚れた軍用衣
未成年者たちが煙草に火を点け  喧しく笑う
  彼らの手は労働者の手
  もう自分自身に耳を傾けるな
彼らとともにいなさい
世界のなか
  すべて言うことなしの世界のなかで

この秋は風がない  かろうじて感じるだろう
  眼に見えぬ肉が触れるのを
触れながらも引き留めることはかくも困難だ  嘆息ならぬ嘆息の
  一どきの喘ぎのうえに
おまえの想像が生んだ母国から  かろうじて気づくほどの徴
  己のものだと思い込んでしまったという、徴

己れの故国を見いだせ
己れの発話の  感覚に耳を傾けよ
鏡のなかの狼男を見つめよ
副詞を探り当てよ そのなかでは
  自分自身との対話におまえは加わるのだろう
石の強度を確かめよ  家へと
  伸びる路の石の

◆サッフォー風詩体

道すがら彼女に会ったか、メルクリウス
早朝に微笑んだだろうか、ウェヌスは
冬に北風の神ボレアスの家に吾らを
  置き去りにせず。
ひたすらに天井は高くなり、そして鮮やかに
輝いたのだ、突然に、物体の角を縁どるように
毛皮を脱ぎ捨て ニンフがみなし児のペナテスに
  笑いかける、その時に。
そして私を、薄汚いスキタイ人の奴隷にでもしてくれ
冬眠もせずぶらつく熊の生贄にでもなろうではないか
もしも私が忘れることがあったなら
  溢れくる涙の喜びを。

眠るとき、人は背を向け壁と向きあう(ヘラクレイトス、断章89から)

一、

  そうしてかくて今でも
下劣にもあなたを忘却している
日々にもいつもそうであるように
  あなたの下僕を赦し給う  支配者よ
荒廃しきった心を持つわたくしは
痛悔の気持ちに駆られることもなく
  罪のなか寝入る
そしてあなたとは言葉を交わさぬ  あなたの
憐みを垂れ、また罰する御手が
  我が両の眼に映りながらも

二、

  私ははじめようと思う
妻(さい)よ  見てほしい
この夜に 雪がいかに月並であるか
  ユリウス暦の降誕節前夜だ
舊約によるゴグとマゴグはどこかへ行ってしまい
出くわすことになる  状況の転換に
  だからもう寝たほうがいい
だっておまえは  もうぜんぶ聞いたのだから
だが私がまだ言ってもいないことを
  おまえが聞くことはどうせないのだ
けれどももう一度  叫び声を届けたい
おまえも解らないわけはあるまい  この、
この夜、分断の夜に
  雪は月並に過ぎるものだと?

三、

  そして終いに
世界と  あなたのロゴスによる
救済 ―強く  弱く―
彼ら一族の殲滅
  壁の染みと化すまでの

◆トビリシへの招待(S.マーギドへ)

そのことばの しずかなよろこび
金の髪した女の子  ひとを従えるしなやかさを
すらりと伸びゆく日焼けを知らぬ脚に すでに具えて
それは極限まで細くなりゆく  優美な指で下へ
上へ撫ぜる  情欲が
  すこしきついほど堅く編まれた巻き毛に
こころ鎮まるようなよろこび
言語ならぬ  それはどこ  この言語の祖先たち
  ことばの
ガスに汚染されたティフリスの盆地
薄汚れた川が流れ
黄色がかった  段地に 技師らしい白い陳腐さがあり
十字架群の定かならぬ崩壊が
  ムタツミンダ山の麓のところに
あのことばの肉感的なよろこびが
和声の決裂は  生存にはなく
音楽的調和のしずかな哀悼のなかにあるのだ
いつだってまるでほんのすこしカヘティ地方の
葡萄の蔓を啜ってしまったかのごとき調和の

Me nec femina nec puer
jam nec spes animi credula mutui
(Horatius. Carm. IV. I 29-30)

[もはや私を満足させぬ] 女も小童も
互いに信ぜらるなどという軽々しい期待も


わが柔弱なる小童  わがローマ人(びと)よ
慰みの葡萄を一のみにするまで  まだ時間はある
おれに教えてくれ  五月のこの重苦しさのわけを
そして鴉の一群が  あらゆる鳥類を妨げ
             歌  緑繁りはじめた
  墓所にて
見えるか?
新たなる墓より  這い出くる  この蛆
  こんなにも脂にまみれ  薄紫色をしている
顔を背けよう、わが少年  わがリグリア人(びと)
かくも絹のごときお前の縮れ毛
お、わが無欲をおれはよろこぶ
わが肉に有難みを感じるごとく
  お前に対して無関心であるのだから



*Завьялов, Сергей Александрович (1958-)

*サッフォー風詩体は、
 ̄ ︶ |  ̄ X |  ̄ ︶ ︶ |  ̄ ︶ |  ̄ X (×3回)
 ̄ ︶ ︶ |  ̄ X
という形をとる詩型(Xはアンケプス)。
原文はこの詩形に忠実である。
встрЕтил лИ еЁ на путИ меркУрий,
... ...
нЕ покидАет.

06 8月 2017

アルカージイ・ドラゴモシェンコ『家と木々のあいだに』(抄)

アルカージイ・ドラゴモシェンコの長編小説『家と木々のあいだに』(1978)からの断章です。難しかった…。
Аркадий Драгомощенко: отрывок из романа "Расположение среди домах и деревьях" (1978)

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時おり明け方に、心臓が痛むことが、私にはある。煙草をよく喫う。明らかに、年を重ねるごとに喫う量は増えている。パイプを吸うのだが、煙草が見当たらない。だから自分なりに煙草を考え出してみたのである。にもかかわらず、必要があれば、この煙草を煙草屋で購うことができる。君は、近寄って、肘で寄りかかった格好で、おしゃべりをするだろう。ああだこうだ、あそこじゃどうした、つまりいま現在世界で何か起きているのかということ、それから静かに話をするのだ……人々は御しやすく、飲み込みが早い、めったにないほど。ほんとうに、こめかみのところで指をぐるぐるしているような頭のおかしい人たちに出会うことは、——そうだ、なにしろよくあることではない、例外なくあらゆる人が君を理解してくれるほどには。見えない針。それは素敵だ。冷えている、まったく氷のようになって、完全に冷たくなる、針は死んでゆく、光沢が失われて、存在しなくなる。息をしろ。日暮れ時、太陽の手で破壊されて、空、だれか。
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こちらからどうぞ↓

Драгомощенко, Аркадий Трофимович. 1946-2012.

12 7月 2017

ワシーリイ・ローザノフ『孤絶して』(抄)

ワシーリイ・ローザノフのエピグラム集『孤絶して』(Уединенное)より。途中で飽きたので、とりあえず。

『孤絶して』(抄)




夜半に風が騒ぎ、葉が運ばれてゆく…。生なるものも同じように、速い時の流れの中で私たちの心から、叫び、嘆息、ぼんやりした思い、漠然とした感覚を奪い去ってゆく…。それらは音の断片でありながら、手を加えられることなく、目的も、意図もなく、——造りあげられた部分など片鱗もなく——心からそのまま「散り落ちてしまった」というところが重要だ。ただ「心は生きている」…すなわち「生きた」のであり「息絶えた」ということなのだ…。長いことわたしはこの「思いがけない叫びたち」が、なぜか好きだった。叫びは、私たちのなかに、絶え間なく流れ込んでくるのだが、それを書きつけることは(手の下に紙などない)できないまま、それらは死んでゆく。そして二度と思い出すことはないのである。それでも、多少は紙に書きつけることができたのだった。書き散らしたものがかなり溜まっていった。それでわたしはこの散ってしまった葉、葉を拾い集めることにしたのである。
何のために? 誰に必要だというのだろう?

ただ——わたしには必要なのだ。あぁ、善良なる読者よ、私はもう長いこと「読み手のないまま」書き連ねてきた。ただわたしはそうするのが好きだから。「読み手なし」でどうして出版などできよう…。ただ単に、そうするのが好きなのだ。もし何かの間違いでこの本を買ってしまった読者が本をゴミ箱に捨てたとしても(おすすめは、ページを破かないようにして目を通したら、ページをまっすぐに揃えて、半額で古本屋に売ってしまうことだ)、わたしは泣きもしないし、腹を立てもしない。
読者よ、わたしはお前には遠慮しない。だからお前もわたしに遠慮しなくていい。
「クソが…」

「クソが!」

そしてau revoir(さようなら)、あの世で再会するその日まで。読者と一緒にいるのは、独りでいるのよりもはるかに退屈なことだ。読者は口を大きく開けて待ちぼうけているのだ。君ならどうする? そういう場合、喚き始める直前に、読者はロバに姿を変えているのである。その光景はとてもきれいだとは言えない…。やりきれない…。どこかの「音信不通の友人」に宛てて、または「誰にも宛てず」書くことにする…。


デカダン派の人々がわたしを訪ねてきたことがあったが、夜の1時ころにわたしは実りを得られぬ輩どもを先に解放してやった。ところがわたしときたら、最後に出ていこうとした善良なヴィクトル・ペトローヴィチ・プロテイキンスキイ(夢見がちな先生だ)を引き留めて、ドアとドアの間で見せてやったのだ…。

人間には、脚が2つある。例えばブーツ(ガロッシュ)を例にとろう。5足あると、ひどく多すぎるな、と考えると思う。ところがそのドアとドアの間には、わたしは自分でもびっくりしてしまうくらいちっちゃなブーツがどっさり並んでいたのである。ざっといくつあるか数えてみることもできないくらいだった。それでわたしとプロテイキンスキイは笑い転げてしまったのである。

「いったいいくつあるんだ!…」
「いくつ必要なんだ!…」
わたしはいつも誇りたかく「civis romanus sum(ラテン語。我はローマ市民なり)」と考えている。わたしの家では、10人で食卓を囲む。それと女中が一人いる。みんなわたしの仕事で食わせているのだ。みな、わたしの仕事の周りで世界での居場所を見つけたのである。まったくの「civis rossicus(ラテン語。ロシア市民)」、「ゲルツェン」ではなく「ローザノフ」である。ゲルツェンなぞ「歩き回って」ただけじゃないか…。

プロテイキンスキイに対して、わたしには深い経年の罪がある。プロテイキンスキイは咎めるようなことはせずに接してくれているが、わたしは、ただ疲れてしまったから言っただけだけれど、プロテイキンスキイについて馬鹿な嘲笑のことばを言ってしまったことが一度ある。彼が「決して話を終えることができない」(一つの話し方ではある)ために、わたしは疲れて、最後までじっと聞いている体力がなかったのだ…。しかもその馬鹿なことばというのは、わたしは陰に隠れて、彼がドアから辞去していったときに口にしたのだった。


世に知られないところから、我々の思考はやってきて、そして世に知られないところへ去ってゆく。

第一に:これこれのことを書くときに、座らないでいることはできない。ところがいざ腰を掛けると、まったく別のことを書くことになる。

「座りたいな」から「座った」のあいだに、1分経っただけなのである。部屋をうろうろしていたときとは違う、まさに書きだそうとして腰をおろしたときとさえも違う、この新しいテーマについてのまったく別の思考というのはいったいどこからやってくるのだろう…。



呪わしいあのグーテンベルクがその銅製の舌ですべての作家を舐め上げた。そして作家はみな「印刷のなかで」高邁な精神を失ってしまい、面目を、性格を、失ってしまった。わたしの「私」は手書きのなかにしかない。他のあらゆる作家の「私」も同じことである。きっとこのために、わたしは手紙やノート(子どものころのものさえも)、手書きの原稿を破り捨てることに迷信的な恐怖を抱いているのだろう。だから何ものも破り捨てることはなく、ギムナジウム時代の同志たちの手紙を最後の一つに至るまで保存することにしたのである。残念ではあるが、大量に積みあがってしまっていることを鑑みて、自分の書いたものだけは破り捨てる。——心の痛みとともに、それもごくたまに。

ロシア人をじっと鋭いまなざしで見つめてみてほしい…。彼はあなたを鋭いまなざしで迎える…。それですべてわかってしまう。ことばは何も要らない。

外国人相手だとこうは行くまい。 (街頭で)


ロシア人を愛するならば——教会を愛さずにいることはできない。民衆と教会は一つのものだから。そしてロシア人には、これ一つしかないのだ。 (1911年、夏)


真実は、太陽より高く、空より高く、神よりも高い。なんとなれば、神が真実から発するのでなければ、神は神でなく、空は沼地、そして太陽は銅製の皿にすぎないから。 (下敷き紙の向こう側に)


わたしは必要ではないのだ。わたしは必要とされていないということ、これをわたしは何よりも確信している。 (下敷き紙の向こう側に)



作家活動の秘密は、心のなかで永遠に強いるように流れる音楽にある。この音楽がなければ、人はただ「自分自身を材料に作家をつくりあげる」ことしかできないのだ。だがそんなものは作家ではない…。

. . . . . . . . . . . . . . .
心のなかを何かが流れているのだ。永遠に。絶え間なく。何が? どうして? なぜそれがわかるんだ? それを一番知らないでいるのが、作家なのである。 (古銭学を越えて)



生きることの苦痛は、生きることへの関心よりもはるかに強大だ。そう、そのために、いつも宗教が哲学を打ち負かすのである。 (古銭学)



永遠に夢みながら、常に一つの考えが頭にある。「どうやって仕事から逃れようか」。 (ロシア人)



あらゆる文学は無駄なおしゃべりだ… ほとんど全部… 例外は殺人的に稀だ。



2人の天使が私の肩の上に座っている。笑いの天使と、涙の天使。かれらの永遠の言い争いのテーマは、我が人生。 (トロイツキー橋で)



文学は、鷲のごとく空へと舞いあがった。すると、死んだ文学が墜ちてくる。今やもう完全にはっきりとしているのだ、文学が「探求さるべき目に見えぬ雹」などではないということは。 (透かし紙の裏側に)



笑いは何ものも殺すことはできない。笑いは、ただ締めつけることができるだけである。

忍耐が、あらゆる笑いに打ち勝つのだ。 (ニヒリズムについて)



ひっきりなしに何かをしている、なにか実行している…。 (ユダヤ人たち)



人生において活躍したいだろうか? 影響力を持ちたいか?

いや、特にそうはおもわない。
「きみたちのお母さん」(子どもたちへ)
そうして私たちは静かに生きてきた。一日、また一日。多くの歳月を。そしてこれが、わたしの人生の最良の部分なのだよ。 (1911年2月23日)



さすらい人、永遠に彷徨う者、そしてどこにいてもただ放浪者である。 (ルーガ~ぺテルブルクの車中、自分自身について)



誰が清らな心をもって地に降りてくることができようか? あぁ、我々にはいかに浄化が必要であることか。 (1911年冬)



運命が栄誉を奪い去った人々を、護ってくれるのもまた運命。 (1911年冬)

自己実現に興味もなく、あらゆる内的なエネルギーも持たず、「生への意志」もない。わたしは、もっとも実在的でない人間だ。

「なんだってお前は自分のことばかり考えているんだ。人のことを考えたらいい。」

「考えたくないなあ。」 (ペテルブルク~キエフの車中で)



何を愛してるっていうんだ、変わり者よ? 自分の夢を。 (電車で、自分自身について)



心が痛む、心が痛む、心が痛む…。

この痛みをどうしたらいいのだろう。わたしにはわからない。

だがこの痛みあってこそ、わたしは生きることを良しとするのだ。

これこそわたしにとって、わたしのなかにある、もっとも大切なもの。 (深夜に)



結婚、結婚、結婚について話しているのに…わたしのもとにやって来るものは死、死、死なのだ。



生きている間ずっと恐ろしいほど孤独だ。子供のころから。孤独な魂たちは、ひそやかな魂。ひそやかでいるのは、疚しいからだ。孤独であることの、恐ろしいほどの重さ。痛むのは、このせいじゃないのか?

これだけのせいではないが。


1年と半年ものあいだ、どうにか生きている。苦しい、悲しい。怖い。何ヶ月かの間、貨幣(古代の、観賞用)を取りだしていなかった。週にたったの50~80ルーブル稼いでいる。それでも書かれたものに対して関心がない。 (1911年12月16日)



終わってゆく、終わってゆく、人生が。止めることはできないし、時期を遅らせてほしいとも思わない。この状況におうじた意味で、すべてがどれだけ変わってきたことか。愉しみも満足もいまやどんなに欲しくないことか。お、どれほど欲しくないことか。気高さが享楽よりも甘くなる時期なのである。考えもしなかった。予想もしていなかった。 (1911年12月21日)



もしも誰かわたしに「開かれた墓陵の上で」賛辞をまくし立てるのなら、わたしは棺桶から這い出て平手打ちをお見舞いしてやろう。 (1911年12月28日)



賞賛に値する人間などいない。すべての人は、憐みに値するのみである。 (1911年12月29)


*ワシーリイ・ローザノフ(Розанов, Василий Васильевич; 1856-1919)。ロシアの批評家、思想家。性愛論でスキャンダラスな名声を博す。現代の作家では、ガルコフスキーが私淑していることが知られる。
日本語訳:『ドストエフスキイ論』(神崎昇訳、彌生書房、1962)

08 6月 2017

レオニード・アロンゾンの詩

あらゆるものの間に沈黙がある。ただそれだけが。
ある沈黙があり、別の沈黙、第三の沈黙がある。
沈黙に満たされて、それぞれの沈黙が——
詩作の網を紡ぐ材料となる。

ことばは、糸だ。ことばを針に通してほしい
このことばの糸で窓をつくるんだ——
すると沈黙はこの枠にはまって
ソネットのなかの網の目となる。

網目が大きいほど 中に絡み取られた
魂も拡がってゆく。
どんなに大漁だとて平気となる

どうやって漁師は 網に目が一つしかないような
巨大な網を
つくることができるだろうか!

1968

すべては顔——顔は顔
埃は顔、ことばは顔
すべてが顔。あの方の。創造主の。
「あの方」ご自身にだけ 顔がない。

1969

まだ朝の霧のなかにうかぶ
あなたのうら若き口唇。
あなたの體は神が投げ落としたもの
庭やその果実のように。

あなたの前に立ちつくす
頂上に横たわるように。
久しく青色が空色へと
変わってゆくあの山の。

これ以上の幸福があるだろうか、庭として
庭にあることより? 朝に朝としてあることより?
なんと嬉しいことだろう
一日と永遠を取り違えることは!

夜 橋と橋とがお互いに歩み寄る
庭も教会も色褪せてしまう 最良の金のおかげで
風景を通りぬけてベッドへときみは向かう きみだったのか
ぼくの生に 蝶のように 死んでしまうまで磔にされているのは 

1968

やれやれ、生きている。死人みたいに死に体で。
ことばは沈黙で充ち満ちた。
天が与えたもうた自然の絨毯
原初の絨毯は ぼくが丸めてしまった。

皆のまえにすべてが揃っている 夜ごとに
横になり それを凝っと見つめる
グレン・グールド――わが運命のピアノ弾きが
音楽記号を引き連れて演奏する。

ほら、悲しみのなかに慰めがある
だがその慰めはいっそう恐ろしい。
思考が湧き起こるが出くわすことはない。

大気の花、根はなく、
ほらほら、ぼくのおとなしい蝶。
こうして生が贈られた、だがその生をどうしたらよいのだろう?

1969年11月

なんと気分がよいのだろう、荒地にいることは!
神々でなく、人びとに見捨てられた場所。
雨が降る、美が濡れそぼつ
丘状に盛り上がった古い林の、美が。

雨が降る、美が濡れそぼつ
丘状に盛り上がった古い林の、美が。
ぼくらだけがそこにいて、他の人とは違う感じ。
あ、霧のなか一杯やることの幸せ!

ぼくらだけがそこにいて、他の人とは違う感じ。
あ、霧のなか一杯やることの幸せ!
飛んでいった葉の描く軌道を、
ぼくらはその葉を追いかけているのだという思いつきを、覚えておいてくれ

飛んでいった葉の描く軌道を、
ぼくらはその葉を追いかけているのだという思いつきを、覚えておいてくれ
誰がぼくらに褒美を与えてくれるのか、友よ、どんな夢の褒美を?
それとも褒美はぼくら自身が自分に与えるのだろうか?

誰がぼくらに褒美を与えてくれるのか、友よ、どんな夢の褒美を?
それとも褒美はぼくら自身が自分に与えるのだろうか?
そこで銃で自分を撃ち抜くには 何も要らない
心の重荷も レボルバーに火薬も要らない。

レボルバーさえ要らないのだ。神さまが見ておられる
そこで銃で自分を撃ち抜くには、何も要らないのだ。

1970年9月

空っぽソネット

誰が私よりも有頂天になって、君たちを愛しただろうか?
神が、君たちを、神が君たちを、お護りくださいますよう、神よ。
庭がたたずむ 庭はたたずむ たたずんでいる、夜な夜な
君たちも庭にいて 君たちもまた庭にたたずんでいる

してほしかった、そうしてほしかったよ、ぼくの悲しみを
あなたたちにこんなふうに、こんなふうに悟ってほしかった、手間をかけることなく。
夜の雑草の姿をした君たち その小川の姿をした君たち
この悲しみが この雑草がぼくらにとっては嘘となった

夜に侵入する 庭に侵入する 君たちのなかに侵入すること
眼を上げる 目線を上げること 空、空と
庭の夜を 夜の庭を 庭を 天秤にかけるため
君たちの夜の声が庭を満たす

ぼくはそちらのほうへ行く。顔は眼だらけ…
そのなかに君たちがたたずむために 庭はたたずんでいる。

1969


きみではないのか、柔さの上で気がふれて
駱駝の弛まぬ歩みをもって
すべての海をその岸となり通り抜け
夜の思考に吹雪かれたのは?

あれはきみのところにではなかったのか、一糸纏わず
武器も持たぬ天使が降りてきて
ユートピックな希望を携え
陶酔的な友誼をもとめてきたのは?

まさか海の知が
風のみ、潮騒のみであったわけではあるまい?
わたしはこの目でみたのだ。きみの天使が身を隠しもせず

ゆっくりともの想いに耽りつつ
自分の曠野、自分の分与地へ飛んでいったのを
きみの背信に顔を曇らせながら。

1969or70


*Леонид Львович Аронзон(1939-1970)。
V.クリヴーリンは、アロンゾンについて、「ヨシフ・ブロツキーのライバル」と言っている。

31 5月 2017

ボリス・グロイス「モスクワのロマンチック・コンセプチュアリズム」(1978)

抄訳です。以下のリンクからどうぞ。
訳の誤り等、ご指摘くだされば幸いです。(メールは、junk.dough@gメールドットコム)

https://note.mu/pokayanie/n/n3ba2266396fc



ボリス・グロイス「モスクワのロマンチック・コンセプチュアリズム」
初出は、サミズダート誌『37』第15号(レニングラード、1978)にB. G.名義で掲載された同論文。
Борис Гройс (под именем Б. Г.). Московкий романтический концептуализм. // Журнал «ТРИДЦАТЬ-СЕМЬ (37)», №.15, 1978. Л.:(самиздат).

『37』は、トロント大学Soviet Samizdat Periodicalsアーカイブにて閲覧可能。